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エベレスト街道 トレッキング

【日程】2015年4月8日(水)-19日(日)
【メンバー】E(現地ガイド、ポーター)
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【行程】
1日目 4/8(水) カトマンドゥから国内線でルクラへ移動。ルクラ(2840m)‐パグディン(2610m)
2日目 4/9(木) パグディン(2610m)‐ナムチェ(3440m)
3日目 4/10(金) ナムチェで高度順応、エベレスト ビュー ホテル(3860m)まで散歩
4日目 4/11(土) ナムチェ(3440m)‐タンボチェ(3860m)
5日目 4/12(日) タンボチェ(3860m)‐ディンボチェ(4410m)
6日目 4/13(月) ディンボチェで高度順応、4600mあたりまで散歩
7日目 4/14(火) ディンボチェ(4410m)‐ロブチェ(4910m)
8日目 4/15(水) ロブチェ(4910m)‐ゴラクシェプ(5150m)‐エベレストBC(5364m)‐ゴラクシェプ
9日目 4/16(木) ゴラクシェプ(5150m)‐カラパタール(5545m)‐ゴラクシェプ‐ペリチェ(4252m)
10日目 4/17(金) ペリチェ(4252m)‐ナムチェ(3440m)
11日目 4/18(土) ナムチェ(3440m)‐ルクラ(2840m)
12日目 4/19(日) ルクラから国内線でカトマンドゥへ移動

◆1日目 国内線でルクラへ。ルクラ(2840m)‐パグディン(2610m)/晴れ

朝6時半、カトマンドゥのホテルでガイドのMさんにピックアップしてもらい、国内線でルクラへ。空港はトレッキング客と、エベレストに向かう本気クライマー、その膨大な荷物の運搬でごった返し、ちょっとした興奮状態だ。窓際に座るように言われ、約30分、小さなプロペラ機からエベレストが見えた!

ルクラでポーターのAさんと合流、ティーハウスで一息入れた後、ゆっくり歩き出す。今回、初ネパール・初5000m高度・初ひとりトレッキングなので、日本語を話せるガイドを依頼した。さらに、ガイドとふたりきりで12日間はつらいかもと思い、ポーターもつけてもらったので、ごく軽身の大名トレッキング!楽ちん!
しかし、ルクラ自体が2800mを超えているせいか心拍数が高い。ほんのちょっとした坂道でも、頭に軽い圧迫感を覚える。ビスターリ、ビスターリ(ゆっくり、ゆっくり)です、と言われ、本当にゆっくり、私的には、だらだら歩き・とぼとぼ歩き、とでも言いたいくらいの速度で歩く(でも最終的にはこれが良かった)。

道行くザッキョ(ヤクと牛の交配種)の群れ、強靭なポーター達の荷物に目を見張る。エベレストBCまで荷を運ぶポーターは100㎏近くまで背負うと言う。トレッカーはガイド、ポーターを付けたグループ客(ヨーロピアン、オーストラリアン、コリアン、チャイニーズ等)が多く、たまに自力の若いカップルがちらほら。お昼は1時間近くかけてのんびり休憩。初ダルバート(ネパールの定食みたいなもの。ごはん、豆カレー、野菜等のセット)とドゥチヤ(ミルクティ)が美味しい。

道々の麦畑、桜や桃、菜の花畑は日本の田園風景のようで和む。14時頃、パグディンに到着。ロッジにじっとしていると寒く、手が凍えてくるので、しばらくあたりを散策。子供たちが元気に遊んでいるのが微笑ましい。
夕ご飯はピッツァにしてみる。ヤク チーズがおいしい。

◆2日目 パグディン(2610m)‐ナムチェ(3440m)/晴れ

朝、目覚めると部屋から山が綺麗に見えて、思わず笑顔になる。Mさんに言うと、ああ・・、という反応。ネパールの人にとっては名もない山なのかも。今日はナムチェまで。トレッキングの要の町で、観光客はここで引き返すし、更に進む人はここで高度順応して上を目指す。8時出発。今日ものんびり、桜が見事だ。ネパールの国花であるラリーグラス(石楠花)も鮮やか。大きな山、タムセルク(6618m)が見えてきた。長い吊り橋を何度も渡る。ザッキョの群れとのすれ違いタイミングを計らないと、向こう側から来る行進に人間が押し戻されることも。

MさんとAさんがネパール語でしゃべるのをBGMに、私はのんびり写真を撮りながら歩く。うーん、気楽だー。途中、初めてサガルマータ(エベレスト 8848m)が見えるポイントに。ほんの頭だけ、まだとても遠い。

16時前にナムチェに到着。お店と人がいっぱい。夕食はモモ(小籠包似)。美味しいが、一人で食事をするのもだんだん寂しくなってくる(ガイド、ポーターはゲストとは席を一緒にしない。いろいろ線引きがある模様)。
部屋は寒いので、食後も食堂で本を読む。隣合わせになったRは、NZの出身で、ガイド・ポーターなしでジリから1週間かけて歩いてきたのだそう。すごいバイタリティ。

食後、プラティパスにお湯をもらう。これを湯たんぽにすると気持ちよく眠れる上に、翌日はこれで顔を洗ったり、そのまま湯冷ましとして飲料水にしたりと、トレッキング中、大活躍。

◆3日目  ナムチェ(3440m)で高度順応日/晴れ

毎日早く眠りにつくので、目も早く覚める。星がきれい。窓のすぐ外に見えるコンデ(6187m)の全容がゆっくり太陽に照らし出されてゆくのを見守る。今日は高度に体を慣らす休養日。3860mに建つエベレスト ビュー ホテルへ往復3時間少々の散歩。気持ち良い天気だが、風が強く、日陰は寒い。心拍数が高く、後頭部に圧迫感を感じる。Mさんに言うと、ビスターリ、ビスターリ、と返ってきた。タムセルク、カンテガ、アマダブラムがだいぶ近づいてきた。鷹が眼下を飛んでいる。ホテルでお茶をしながら絶景を楽しむ。エベレストも小さく見えているが、まだ遠い。ローツェ、ノプツェ、ピーク38も今日はきれいに見える。すごい!

午後、町中を散策してからシャワーと洗濯。明日からしばらくはシャワー無しの予定。湯冷めして高山病を誘発する可能性が高いからだ。水を自由に使えるのもこの町まで。

今晩の食事はダルバート。アツァール(スパイシーな漬物)が美味しい。今日は韓国人の団体が入り非常に賑やか。こんな時はひとりだと本当につまらない。後から来た高齢の日本人夫妻が、周囲の人に折り鶴を一緒に折ろうと(ほぼ)日本語で誘っている。めちゃめちゃ外交的でめちゃめちゃユニーク!引き取り際にお話しに伺う。ガイドなし、ポーターなしで、4週間近くかけてのんびりカラパタールまで往復するつもりだそうだ。これまたすばらしいバイタリティ。

◆4日目  ナムチェ(3440m)‐タンボチェ(3860m)/晴れ、のち小雨・雹

今朝もコンデが大迫力。寒そうなので冬のインナーを1枚足してみる。
いよいよ初の高度領域。道は広く、ほこりっぽいけれど歩きやすい。途中、ヒマラヤンタール(ウシ科の野生動物)を見ることができた。

昼食時、マレーシアからきたLと一緒になる。私同様、女性1人参加で、ネパール人のガイド、ポーターをつけている。初日から抜いたり抜かれたりだった上、彼女とガイドとの軽妙なやりとりが面白く、印象に残っていた(実はガイドとは15年来の知り合いで、ポーターは彼の弟なのだそう)。同じくカラパタールまで行くということで、これをきっかけに、彼女のグループと私のグループはこの後6日間、行動を共にすることになった。どうしてそうなったのか、今思うと不思議なのだが、この道連れができたことで、結果として旅はとても楽しいものとなった。
トレッカー2人に対して、ガイド2人、ポーター2人、しかも全員アジア人という、周りから見たら相当変わったグループだったと思うけれど。

雨と雹がぱらつく中、14時過ぎにタンボチェに到着。小さな集落でロッジも少なく、Lと相部屋に。荷物を片付けてからゴンパ(チベット仏教のお寺)を見学。薄闇の中、僧たちが唱えるお経に歴史と宗教の重みを感じる。
質素なロッジなのでこの日からシュラフを併用。プラティパス湯たんぽを足してよく眠れた。

◆5日目  タンボチェ(3860m)‐ディンボチェ(4410m)/晴れ、のち曇り

外を掃除する箒の音で目が覚める。周囲360度に山々を見渡せる好天に、思わず笑顔になってしまう。
日本人アルピニストの墓碑を拝んで8時に出発。風が強く、耳が痛い。ネックウォーマーをつけ、ウィンドブレーカーのフードも被るが、頭を振るとくらっとくる。アマダブラムがすぐ隣に聳える。

15時前にディンボチェ到着。たかだか6時間程度の行程のわりに消耗している。ダウンの上下に着替えて暖かいお茶を飲むと少し楽に。でも、やんわりと頭を締め付けられる感じがしばらく取れない。食欲は落ちていないので大丈夫なはず、と自分を元気づける。Lが、高山病用のサプリをあげようか、と言ってくれるがもう少し様子を見ることにする。
彼女のガイドのKさんのアドバイスで、夜はガーリック スープを追加。ニンニクは苦手なのだけれど、高山病予防に体を温めるものが良いらしい。そういえば行動中もスパイシーなスナックを勧めてもらった。チリ、ジンジャーなどもおすすめとのこと。

◆6日目  ディンボチェ(4410m)で高度順応日/雪

夜中に目覚めると雪。この日は結局ほとんど雪だった。
高度順応のため少し高いところまで上がってみる予定だったが、雪のためキャンセル。ガイド・ポーター諸氏は嬉しそうに食堂でカード ゲームをしてくつろいでいる。ゲストと一緒のときはかしこまっているけれど、こういうときは地が出て来てちょっと可愛い(みんな20-30代です)。Lと私もメールをチェックしたり本を読んだりして過ごす(WiFiは通じるところも多いが高値)。

隣テーブルのオーストラリアの美女5人組パーティーは、雪で出発を1時間遅らせ、ため息をつきながら出発した。他のロッジからも続々と出発し、山肌にビーズのような列が出来ている。

昼過ぎ、さすがに飽き、雨具の上下とスパッツを着け、みんなの足跡を辿る。雪の中、ヤクが静かに草を食んでいる。今日はタイ人チームが下山して加わった他は、登ってくる客がいないため、ロッジの中もとても静か。ガイド・ポーター諸氏、宿のネパリ達は夕食後、ギターに合わせて歌ったり踊ったりで、なんだか友達の家に遊びに来たような穏やかな夜だった。

◆7日目  ディンボチェ(4410m)‐ロブチェ(4910m)/薄曇り

4時頃、ヤクの鈴の音で目が覚める。ヤクが移動している、ということは、雪は降っていない! 明るくなるのを待って散歩に出る。今日はネパール暦で元旦に当たる日だそうで、A happy new year!と食堂であいさつを交わす。

雪道のトラバースをゆっくり歩く。昨日までは見えなかったプモリ(7165m)がとんがっている。午前中は3時間程度の行程だったが、頭に軽いプレッシャー。お昼の暖かいお茶で少し元気になる。痛い、という程では無いが違和感がある。ただ、毎日のように違和感があり、毎日そこから大丈夫になってもいるので、体が順応しているのだと思いたい。

午後になると雪が解け、あちこちに茶色い小さな川が。ネパリ達はたいていしっかりした登山靴ではなく運動靴を履いているので、濡らさないようにするのがたいへんそう(でも濡れてもあまり気にしていない)。14時過ぎにロブチェに到着、今日は混んでいるのでLと相部屋。ひと休みしてから、宿の裏山を少し歩く。人の歩いていない雪の斜面をキックステップ。Lはこのトレッキングで雪を初体験したという南国の人で、慣れない感じ、でも楽しそう。

夕食はカレー。このトレッキングも明日は5000m越えでラストが見えてきた。登山はスポーツ、食べてなんぼだ、と妙な闘志が沸いて完食。

◆8日目  ロブチェ(4910m)‐ゴラクシェプ(5150m)‐エベレストBC(5364m)‐ゴラクシェプ/曇り時々晴れ、のち風雪

夜中、頭が痛くて目が覚める。
後頭部に、ペンキでもべったり塗ったようにはっきり痛む部位がある。これはもう、頭を締め付けられるとか、プレッシャーを感じる、といったレベルではない、明らかな頭痛だ。
寝返りを打ったり、枕を動かしたりしてみるが変わらない。いろいろな事がざーっと頭をよぎる。高山病になった人の話、明日のベースキャンプは無理かな、隣で寝ているLを起こした方がいいかな、ああしまった、今日はMさんの部屋番号を聞いておくのを忘れた・・・。
ふと、「地球の歩き方」に書いてあった、高山病は脳の酸素欠乏症、という説明を思い出す。
そうだ、酸素が足りないんだから、深呼吸すれば良いんじゃない?
ゆっくりヨガの腹式呼吸を繰り返してみる。空気が薄く、乾いているので、深い呼吸を取るのは苦しかったが、しばらくすると、頭痛が軽くなっていくのが分かった。良かった、これでいいんだ、ほっとして腹式呼吸を続ける。痛みが和らぎふっと眠ってしまうと、また頭痛がしてきて目覚め、腹式呼吸に戻すということを3度繰り返した。眠ると呼吸数が落ちてしまい、酸素量が減ってしまうからなのだろう。日本でも、高山病の症状が出たら小屋についても昼寝はするな、と聞いたことがあったが、意味が良く分かった。

朝、起きると頭痛は無くなっていた。ほっとしているとまた別の事態発生。
Lのポーター、Bさんに高山病の症状が出たため、昨晩の内に、Aさん(私のポーター)が付き添って、ヒマラヤ救助協会の診療所のあるペリチェ(4252m)まで下ったというのだ。え、ネパリでも高山病になるの?!
今日はゴラクシェプへ向かい、明日はカラパタール登頂後、ここを経由して、更に下のペリチェまで降りる予定。なので、不要な荷物は宿に預け、荷を軽くしてそれぞれのガイドが担ぐことになった(5、6㎏程度なので自分で持てるのだが、建前上そうもいかないらしい)。ガイド2人がダブルザックで出発しようとした時、Aさんが戻ってきた。ペリチェの病院にパンチャさんを預け、急いで戻ってきたらしい。それにしても早い。結局、ネパリ3人で減らした荷物を分散して担ぐことになった。
少し出発が遅れ、8時半に歩き出す。タウチェ、ノプチェ、かっこいいのがプモリ。進むうちに周りは氷河の塊になっていく。青い空を背景に、薄碧い氷の塊が冴え冴えと美しい。

昼前にゴラクシェプに到着。昼食後エベレストBCへ向かう。氷河や天然のアイスウォールに見飽きない。
小雪が舞い始め、15時にBC最下部に到着した時は風雪がきつくなっていた。急いで写真を撮り、さっさと下山する。風と寒さで疲労感が強い。私は雪山装備だが、真夏の国から来たLは装備が十分でないらしく、凍える、凍えるとつぶやいている。帰路は雪で滑りがちな上、前を行くヤクの群れに落石があり一騒動、ロッジに戻ったのは17時過ぎだった。お茶で体を温めるが、疲労感が強く、目がうつろになってしまう。でも、今夜もダルバートを完食。明日に備える。

この様子だと明日も天気は良くないかもしれない、真っ白で何も見えないかもしれない、どうしますか?とMさんに聞かれる。朝起きて雪が降っていたらやめた方が良いけれど、そうでなければ行く。
明日は4時起きしてカラパタール。がんばるのみ。

◆9日目  ゴラクシェプ(5150m)‐カラパタール(5545m)‐ゴラクシェプ‐ペリチェ(4252m)/曇り時々小雪

4時前起床、天気はそう悪くはない、とのこと。ヘッデンを着けてスタート。昨晩雪が降ったらしく、少し積もっている。
斜面を折り返しながらゆっくり登る。わずかに雪が降っている。中腹にテントが二張り。韓国チームだ。私たちを見ると白湯をご馳走してくれた。しみじみ美味しい。天気は曇ったままで、真っ白な中にノプツェが見えるが、その後ろは真っ白なまま。今日はエベレストは見えない。でももうここまで来たら絶対ピークを踏んで帰る。息を整えてまた登る。
あんなに遠かったプモリが近くに見え、それを背景にカラパタールのこんもりした山頂もすぐそこに見えているのに、この“すぐ”がなかなか埋まらない。
斜面が急になり、呼吸が苦しい。凍ったガレ場の上に雪が積もって滑るうえに、足元がふらついて決まらず、上手く歩けない。それにしても、この雪、私だったら軽アイゼン必携と書くけれど。でも先を歩くMさんは運動靴のままサクサクと歩いている。
カラパタール山頂は例の5色の旗が飾られている。登頂! 振り返ってみるが、やはりエベレストは見えない。

苦労した登った斜面を半分滑りながら下る。片栗粉のような雪はキュッキュッと音がする。Mさんはグリセード状態であっと言う間に降りて行く。辺りは霧で真っ白。

7時半、ロッジに帰着、消耗した・・・。トーストとミルクティの朝食をとってようやく落ち着いてきた。エベレストが見られないのが本当に残念。だが、明日からの天気も期待できないようだ。カラパタールの登頂を諦めて、そのまま下山を始めるグループもいる。
私達も下山を決め、9時前にロッジを出る。雪の坂道は踏み固められつるつるになっていて危険だ。Aさんに腕を掴まれ、Mさんにザックの上部を掴まれ、まるでおんぶ紐でつながれたよちよち歩きの幼児のようで不甲斐ない。が、運動靴の彼らの歩みは確かに危なげなく、何、この差は? 
かすかに雪が舞い、視界は無い。昨日はあんなにいろいろ景色を楽しみながら登った道なのに。

昼、ロブチェについて荷物を回収。その後は雪空の下をペリチェまでひたすら下る。途中平坦地になってからは冷たい風に吹かれ続け、頭が痛くなる。いけない、いけない、とダウンを重ね着する。15時過ぎ、ペリチェに到着。ああ、下ってきてしまったなぁ。

Lのポーター、Bさんとも再会。調子は今ひとつらしいが、明日は一緒に行動するとのこと。私達はあと2日間でルクラまで一気に下るが、L達は3日間かけてゆっくり歩く予定で、明日でお別れだ。Lと私はカトマンドゥの滞在日が一日重なるので(国内線の予備日として確保)、同じホテルに宿泊してモモとビールで乾杯しようね、と約束をする。

◆10日目 ペリチェ(4252m)‐ナムチェ(3440m)/晴れ、のち雨・霙

6時、窓の外は快晴!カメラを持って飛び出す。タムセルク、カンテガ、アマダブラム!
ヤクの鈴の音と白い山々に囲まれる生活も、でも、もう終わりが近い、と思うと一瞬目の前が暗くなる気持ち。

ペリチェにはレスキューポートがあるため、天気が回復した今日は、早朝から何度もヘリコプターが往復して物資を運んでいる。それにしても久々の青空。少し歩いては写真を撮り、また少し歩いては写真を撮り。ちっとも進まない。のんびりのんびり景色を楽しむ。

9時半、ソマレでお茶。Bさんの調子があまり良くなく、L達はこの先の分岐で別ルートを取ることに。私たちはそのままナムチェへ。みんなで握手して別れを惜しむ。3人になってしまうとなんだか静か。小雨も降ってきた。

お昼を過ぎると雨は雪交じりに。レインコート、ザックカバーを付ける。高度が下がり、ラリーグラスの鮮やかな大木も見られるようになった。ペリチェからは1000mほど下り、そこからまた登り返すのが結構きつい。雨がひどくなり、Aさんは大きなビニール袋を被る。一旦ティーハウスに避難して、私は雨具の下とスパッツをつけ、ザック内の防水パッキングを確認、これで一安心。そのまま歩くというMさんには傘を貸す。
雨は霙に変わったが、こんな天気の中でもヤクやポーターはビニールシートを掛けて荷物運びを続けている。朝の晴天が信じられない。
それにしてもネパールにはヤマテン的なものは無いのかしら?あったら大繁盛しそう。

ひたすら歩いて17時前にナムチェに到着。前回と同じロッジにチェックインし、約1週間ぶりのシャワー。
洗面台があるって、ひねれば水の出てくる蛇口って、すごい!
部屋で濡れたものを干していると、階下からお米の炊ける良い香りが漂う。今晩もダルバート決定。

◆11日目 ナムチェ(3440m)‐ルクラ(2840m)/霧、のち雨

窓の外にコンデ峰が浮かび上がってくる。今日はとても寒そうだ。なるべく暖かくして下山開始。ポーターのAさんはなんとサンダル履き。昨日の今日で、靴が乾かなかったらしい。
あれ、こんな道を行くの?と思っていたらHaatと呼ばれる土曜の定期市の日で、露店と人で溢れている。
衣類、雑貨、お菓子、生鮮食品、等々、時間があったらもっとゆっくり見たいところ。

記憶しているより急な坂道をゆっくり下る。来た日は埃っぽかったのが嘘のよう。鮮やかなラリーグラスと対照的に、桜はもう葉桜になってしまっていた。
昼前から雨がちらつき、雨具の上とザックカバーを着ける。雨はどんどん激しくなる。雨具の下とスパッツを着けようと思ったら、ザックを背負って後ろを歩いているはずのAさんが行方不明。ティーハウスで待つことしばし、ようやく追いついた彼のザックから装備を取り出して装着する。
この間20分程度、ティーハウスでくつろいでいる他のトレッカーの良い見世物になってしまった。遅れている(どこかで油を売っている?)ポーターとそれを待つ私を気にして、ガイドは建物を出たり入ったり、ポーターはしまったという顔をしているし、私は日本では当然の、でも他からみたら過剰?というフル装備。しかも、ようやく歩きを再開しようと外に出たら雨は小降りに。もう!

ネパリは雨でもあまり気にせずに歩き(ただし、ゲストの荷物は濡らさない)、3000m台であればビーサン履きでも平気な人達だし、他の海外トレッカーも雨具の上下を着ている人は珍しい。日本人の装備は過剰に映るところもあるようだ。でも、その後も結局、雨は激しく降ったり止んだりで、いいんです、私はこれで、と開き直る。

だんだんとルクラに近づく。雨で洗われたジャガイモ畑、麦畑がみずみずしい。
16時前にルクラに到着。人と宿、お店の多さに、ああ、ここは町だ、旅の終わりだと改めて感じる。

◆12日目 ルクラから国内線でカトマンドゥへ移動/曇り、時々晴れ

今日はルクラ発8時の国内便でカトマンドゥに戻る予定。
7時に宿を出る筈だったが、飛行機が早いタイミングで発着陸しているとかで、朝ごはんの途中で早く出発するようせかされる。でも結局、空港で待たされて乗機できたのは8時半、この国のルールは本当に分からない。

Mさんに言われて20席ほどしかないプロペラ機の右側のシートを確保。
離陸まで、やっぱりエベレストを間近で見たかったなぁと思っていたが、高度が上がるにつれ、そんな事は気にならなくなった。
霞む青空をバックに白い山々が連なり、圧巻だ。すごい、の一言しかない。ここを去らなくてはならないのが辛く、半分泣きそう。
来てよかった、巡ってきた機会に感謝、勧めてくれた人に感謝。また来なくちゃ、行きたかったらどこでも行かなくちゃ、と強く思う。
ずらっと連なる山脈だけでなく、下方に目を転じればラリーグラス(石楠花)の群生で赤く染まった山肌や、緑の段々畑が見える。いいなぁ、ネパール。また来るね。


**********

以降はトレッキングについての補足です。
個人の主観に拠るものですが、ご興味のある方のご参考になればと思います。

◇なぜエベレスト街道?
きっかけはあるツアーガイドの『行くならカラパタールですよ、絶対。時間があればですが。』の一言。昨年末に退職し、再就職活動に本腰を入れる前の3月か4月に、海外トレッキングに行きたいと考えていた。時期的にはネパールが良いらしい。10日程度のツアーを探して仮予約を入れたところ、最少催行人数に足りないと件のツアーガイドから電話がかかってきた。そこで初めて耳にした“カラパタール”が頭の隅に残る。あいにくカラパタール行きのツアーは私のスケジュールと合わず、知り合いに何気なく話したところ、『ガイドをつけて行ったら?ツアーより楽しいよ。』 駄目押しは、唐松山行でご一緒したEさんの、『ぜーーーったい行った方が良いよ、行くべきよ』だった。以降、ネットで合見積を取り、ばたばたと旅程決定。

◇季節
ガイドブックによると、エベレスト街道方面のベスト シーズンは乾期の10~12月半ばと3~5月半ばとある。今回4月(春)に訪問したが、予想以上の雨と雪に見舞われた。この時期、ラリーグラス(石楠花)や桜、田畑の美しい緑を楽しめる利点はあるが、天気はやや不安定なようだ。ガイドのMさんは、昔よりも春の降雪が増えていると感じるそう。9月から11月くらいの方が天候は落ち着く、ただし、寒さはもう少し厳しいらしい。

◇装備
登山道具は全て自前の秋山、冬山装備で間に合った。雪山用のアウターこそ持って行かなかったが、それ以外の雪山装備*は全て持参、持って行って役に立った。シュラフは3シーズン用、靴は夏用の軽登山靴で底が堅めのものを使用 *アイゼン・ピッケル・スノーシュー、アバランチギア類は非携帯

◇高山病
今回とにかく気になっていたのが高山病。色々な方からアドバイスいただき、幸い、問題なく過ごすことができたが、自分的にポイントと感じたのは、①ゆっくり時間をかけて呼吸し体を慣らすこと、②十分な水分補給をして血液の循環を良くすること、③体、特に頭を冷やさないこと、④十分な睡眠をとること、⑤体を温める食事を心がけること。
‘①の“ゆっくり”は、ガイドが相当ゆっくり歩いてくれてペースを作ることができた。②の“水分”は、灯の諸先輩方からも「お茶はポットで頼みなさい」「一日3Lは飲むように」「体内に水分が残るよう、スポーツ飲料のパウダーを持っていく」等々、いろいろアドバイスをいただいて実行。③の“頭を冷やさない”は、今回とても良い経験。高度が上がったら、寝る時はニットキャップ+着込んだダウンのフード、シュラフのフード、が正解。また、稜線歩きで長時間風に晒されるとそれだけで相当なダメージ。防寒はしっかり!耳のあるネパール帽の意味が分かった。④の“睡眠”は、毎日早く寝るしかないので大丈夫として、⑤の“体を温める”は、ニンニク、ジンジャー等、飲み物やスナックでも取り入れると良いと分かった。

◇食事
不調、または高山病になった場合の保険に、フリーズドライのお味噌汁や梅干し、緑茶、お醤油等を持参したが、幸い出番は無かった。もともと好き嫌いが無く、お米があれば元気なので、毎日、ダルバートかカレーを食べていた。どちらも実は油分がきつくなく胃もたれ無し。整腸剤・下痢止め等も出番なし(この辺りは個人差が大きいと思います)。
お水に関しては、毎晩お湯をプラティパスに貰い、翌日はそれを飲料水に使用。毎食時のお茶と、この湯冷ましで水分補給はまかなえた。

◇費用
カトマンドゥの旅行会社に依頼し、トレッキング11泊12日の費用が1700 USD。カトマンドゥのホテルの送迎から始まり、ガイド、ポーター、国内線フライト往復、トレッキング中の宿泊、食事、各種トレッキング許可書・入場料を含む。問い合わせた旅行会社の中では、これより高い価格も低い価格もあったが、自分の優先ポイントで選択すればOK。
ガイド、ポーターをシェアできればもっとリーズナブルになるし、現地でガイドを雇えば更に費用は押さえられる。単独で歩くならば、勿論この比ではない。
なお、私の場合、上記以外のトレッキング中発生費用は3000円程度だった(エベレスト ビュー ホテルでのお茶代、WiFi使用料、カメラのバッテリー チャージ料)。

国内線が天候の影響を受けやすいため、旅行会社からは2日程度の予備日を設けるようアドバイスをもらった。そのため、旅行にかかった総日数は18日。
(トレッキング12日+フライト予備日2日+日本からのアクセス、片道2日x往復)


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